No.634, No.633, No.632, No.631, No.630, No.629, No.628[7件]
の、知らんじょ、どっちでも
エエんじぇ、そんなことより
大きい蝶々とかトンボとか、
トリケラトプスとか、始祖鳥
とか、それの方が大切じぇ、
そうきょうはよい話とそ、
エエんじぇ、そんなことより
大きい蝶々とかトンボとか、
トリケラトプスとか、始祖鳥
とか、それの方が大切じぇ、
そうきょうはよい話とそ、
原子力があって長閑な頃じぇ、
京都長閑期ともいうとこかな、
そうきょうはよい話とそ。
京都長閑期ともいうとこかな、
そうきょうはよい話とそ。
今のリサーチパークという、
そこが製鉄所やったて、もっと
大きいんやじょ、五条から
八条くらいまであった製鉄所
じぇ、そこで外国人と盆踊りを
してたんやじょ、うちの文化
じぇ、櫓組んで、外国人が
浴衣での、鉢巻して太鼓じぇ、
楽しい頃じぇ、その以前は、
原潜が通ってたんじぇ、イギリ
スのサッチャーさん、後の首相
じぇ、原潜から魚雷発射じぇ、
その魚雷を立てて飾りにしとっ
たんじぇ、核兵器じぇ、どうじぇ、面白いこう、京都の五条通りやじょ、核兵器飾りじぇ、
何じぇ、核がなにが怖いん
じぇ、なんにも知らんという
とるこう、そうこう、原子力棟
も政党やしの、昔はそういう
もんじぇ、社会棟と呼べば、原
子力棟じぇ、共産棟もそうや
じょ、長閑な頃じぇ、原子力棟
の頃じぇ、
そうきょうはよい話じぇ。
五条通りが川であった頃、川の水か
かぶってな、棟が爆発したんやて、
誰も知らんわな、人が今程いいひんだ
頃じぇ、人がおらなんだんじぇ、
原子力棟が爆発したんじぇ、
おれは この通り、今でもピンピン
しとるよ。放射能、何も怖ないよ。
何じぇ、どうしたんじぇ。
放射能いうたら、そんな怖いもんけぇ、
まあ、気ぃ、つけるよ。
西輪芯のう、ごっつい施設じぇ、
あの頃はよかったの、京都の
西京極にも原子力があったんなじぇ、
原子力原子力の町じぇ、懐かしいの、
原子力哀歌じぇ、子守歌じぇ、
40㌢50㌢のトンボがおってのう、
1㍍程の蝶々もおっての、原子力と
トンボ、蝶々じぇ、長閑なもんじぇ、
京都の町やじょ
かぶってな、棟が爆発したんやて、
誰も知らんわな、人が今程いいひんだ
頃じぇ、人がおらなんだんじぇ、
原子力棟が爆発したんじぇ、
おれは この通り、今でもピンピン
しとるよ。放射能、何も怖ないよ。
何じぇ、どうしたんじぇ。
放射能いうたら、そんな怖いもんけぇ、
まあ、気ぃ、つけるよ。
西輪芯のう、ごっつい施設じぇ、
あの頃はよかったの、京都の
西京極にも原子力があったんなじぇ、
原子力原子力の町じぇ、懐かしいの、
原子力哀歌じぇ、子守歌じぇ、
40㌢50㌢のトンボがおってのう、
1㍍程の蝶々もおっての、原子力と
トンボ、蝶々じぇ、長閑なもんじぇ、
京都の町やじょ
社会棟もあったし、原子力棟やて、
その西に、西輪芯があったて、
大きな原子力棟やて、円い塔やて、
その屋上に家があって生活をして
いたんやて、ホンマかいな、
みんな政党にかわっていったんかな、む
悲しいな僕は原子力棟の方がエエのや、
あの大きな西輪芯も、僕が好きなんや、
その西に、西輪芯があったて、
大きな原子力棟やて、円い塔やて、
その屋上に家があって生活をして
いたんやて、ホンマかいな、
みんな政党にかわっていったんかな、む
悲しいな僕は原子力棟の方がエエのや、
あの大きな西輪芯も、僕が好きなんや、
中川昭一(2010頃)柳
親子柳
安倍 晋太郎 柳
安倍 洋子 柳
安倍晋三 柳
岸 信介 柳
我家の近所で電柱を見上げて
いた人でしょうなも、浚渫船が
あった頃でしょうなが、
別人かも。
浚渫船はどこへいったかな、
うちの浚渫船やけんど、うちの家やて、
うちが生活していた船や、それより
新しい人やな、地が固まりかけて、
しばらくしてから出て来た人やな。
電柱を見上げていた頃は、地が
かたまっていた。
京都のことでっせ。
私が京都市役所に住んでいた頃か。
京都市役所もうの家でしょうなも。
その頃の人とちゃうんか。
ミチコ、あきひとって、いたか。
どうやろな。
岸という人の方が早かったんちゃうかな。
これから少しして安倍さんが出て来たと、
ハア、そうですか、
私が山口県の墓へよういってたてなあ、
東京僧正寺へもなんども行ってたて、
保田市の墓の近所に安倍さんの墓があるかな、
どうやろ、
アメリカ、アーリントン墓地にも私の墓が
あるのやて、へぇ~っ、この頃に行ってたん
やて、
おい、昭和、お宅、見世物小屋の支配人を
してたんか、詰襟の服着て、小屋の舞台に
出てくるあの良子ハンか、あぁ、そうでっか、
よく似た別人かもね
その頃の週刊誌、月刊誌、どうや、
ああそやそや、噂や、
噂はどうかいな、
武蔵野の読書室やて、
桃山御陵の家やて、
たくさんな人と一緒に住んでたてな、
へぇ~っ、ゾンビでっか、西大寺の
御陵にもな、あの三叉路の交差点、
円盤が飛んでたんやてなぁ、ゾンビが
乗ってたて、
親子柳
安倍 晋太郎 柳
安倍 洋子 柳
安倍晋三 柳
岸 信介 柳
我家の近所で電柱を見上げて
いた人でしょうなも、浚渫船が
あった頃でしょうなが、
別人かも。
浚渫船はどこへいったかな、
うちの浚渫船やけんど、うちの家やて、
うちが生活していた船や、それより
新しい人やな、地が固まりかけて、
しばらくしてから出て来た人やな。
電柱を見上げていた頃は、地が
かたまっていた。
京都のことでっせ。
私が京都市役所に住んでいた頃か。
京都市役所もうの家でしょうなも。
その頃の人とちゃうんか。
ミチコ、あきひとって、いたか。
どうやろな。
岸という人の方が早かったんちゃうかな。
これから少しして安倍さんが出て来たと、
ハア、そうですか、
私が山口県の墓へよういってたてなあ、
東京僧正寺へもなんども行ってたて、
保田市の墓の近所に安倍さんの墓があるかな、
どうやろ、
アメリカ、アーリントン墓地にも私の墓が
あるのやて、へぇ~っ、この頃に行ってたん
やて、
おい、昭和、お宅、見世物小屋の支配人を
してたんか、詰襟の服着て、小屋の舞台に
出てくるあの良子ハンか、あぁ、そうでっか、
よく似た別人かもね
その頃の週刊誌、月刊誌、どうや、
ああそやそや、噂や、
噂はどうかいな、
武蔵野の読書室やて、
桃山御陵の家やて、
たくさんな人と一緒に住んでたてな、
へぇ~っ、ゾンビでっか、西大寺の
御陵にもな、あの三叉路の交差点、
円盤が飛んでたんやてなぁ、ゾンビが
乗ってたて、