政治・世の中のこと 何でも言うて
2025年8月31日(日) 21:51:07〔11分前〕 更新
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〔447文字〕 編集
2025/02/16 (Sun)
21:54:46
No.279
by
名無し
〔196日前〕
大宮いき、そこから少し北東へ行く、
御池通りになる、それから東へ進路を
とる、御池交範へ着陸する。ジャンボ
・ジェット機という。高度100~150
メーター。このジェット機に始祖鳥が
羽を広げ快く迎えてくれた。この始祖
鳥がまだいる。場所が東寺辺り。何匹
かの始祖鳥という。15、6かな。飛行機
の傍まで来て羽を広げ歓迎してくれた。
私に顔を見せ、私の顔をみた始祖鳥とい
う。和気藹々の空の出来事という。
今も私は始祖鳥が好きである。私の家に
いた始祖鳥という。この始祖鳥がまだ
いる。後に、静岡であったか、関東の
動物園という私の動物園に行った時に
始祖鳥と書かれた表札という。
この時にいたのである。
後、皇居へいく、イルカが顔を出して、
私に挨拶をしてくれた。二条城にいた
イルカとそ。
ウクライナには大猿もいる、私にこの間
の戦争で、テレビに顔を見せたくれた大猿
という。「ああ、あのお猿だ」と気がつい
た私という。懐かしいウクライナの大猿
とそ。
〔385文字〕 編集
2025/02/16 (Sun)
21:38:48
No.278
by
名無し
〔196日前〕
京都へこられたことという。京都市
役所とそ。京都市役所の前が大池で
あった頃とそ。御池通りという。その
頃寺町通りが南北の丘であった。瓦町
という町とそ。土で瓦を作っていた頃
とそ。殻を待ち通りの一本西の通り、
寺町通りという。丘床様という、古い
呼びとそ。その頃の先斗町(ポントチョウ)
という、ポン、ポントがポルトガル語か。
ポルイガルの大御祖母さんがおられた、
京都市役所、私の家です。トリケラトプス
(恐竜)と共に住んでいたこととそ。
1メートル程の蝶々、トンボという、いた
頃という。私が外へ出れば、頭に止まる
こととそ、蝶々頭という、トンボ肩という。
そんな頃です。市役所が立つ前、東西に
長い丘であった、この丘が私の家前の
丘から続いている。
後、御池を埋め立て、御池通りを
飛行場にする、御池交範という。
という。
〔283文字〕 編集
2025/02/16 (Sun)
21:27:39
No.277
by
名無し
〔196日前〕
ソ連のウクライナ地方という。誰も
いれない時とそ。共産主義であるから
行けないのである。行ったという人が
いる。どんな人だろうか。
この当時から少し新しいウクライナ、
ヨーロッパ、天皇をボロカスに言って
いたところである、アロメリカ、ロシア
もそうである、イギリスもそうである。
私はそういう、ロシア、アメリカ、
ウクライナ、ヨーロッパが好きである。
古い新聞をしらべればよい、たくさん
出ている。
イギリス王室の御方々とキエフに生活
していた、露西亜人アメリカ人。ホルト
ガル人、マリウッポリ近辺の村に、ポルト
ガル語がある、今もあるでしょうなが。
〔198文字〕 編集
2025/02/16 (Sun)
21:13:54
No.276
by
名無し
〔196日前〕
当時、ウクライナは共産主義りソ連邦
の国、キロシラキルという日本の呼び。
キロッポンレルのいやという、家とそ。
アゾフ海の近く、イソリという家。
大きな地震があった時という。ロシア
箱揺れともいう。地面が波のように
なった。その波の跡がこの間の戦争の
写真ででておりました。この地の波が
ずっと遠くまで続いている。ロシアの
サンクトペテルブルグという、そこまで
いっていた波の地とそ。
〔306文字〕 編集
2025/02/16 (Sun)
20:54:03
No.275
by
名無し
〔196日前〕
キエフに湖がある、畔に世界1、2を争
う軍港があった、対岸へ渡る地下道がある。
私がマリウポリ、キエフにいた時、茶室を
建設した。マリウポリに大きな2つの製鉄所
がある。一つはこの間の戦争で有名になった。
もう一つある。製鉄所が、地下16~23位の
深さという。この頃のウクライナ、地上に
は動物が走り回っている。ライオン、象、
豹、熊、大猿、猪、狼・・・など。アフリ
カのような感じ。そのような時に私が住んで
いました。茶室へ行ったりしていました。
ゼレンさん(後のゼレンスキーさん)とともに
いた日もあります。
製鉄所の地下にすんでいました。戦争で
壊された製鉄所、懐かしいことです。
2025/02/15 (Sat)
17:37:57
No.254
by
名無し
〔197日前〕
置いていたもの、ハードルの数だけ
ロボットがいた、その家族の家とそ。
👌米の12、13期作とかいうてる頃じぇ。
草加書き。
〔576文字〕 編集
2025/02/15 (Sat)
16:23:37
No.253
by
名無し
〔197日前〕
植えから取り入れ、家まで運ぶ、
家へ来たときには米になっている。
これが全部機械である。我が家周り。
ロボットがいてご飯を共にする。
すわって食べるロボット、子供と一緒。
ロボット家族。他の家にもロボットが
いる。ロボットの朝廷、その衣類を
着たロボット、十二単の格好、大きな
ロボットもその格好をする。
ロボットの帝国という。漫画のような
国という。我が家の
大和時代とそ。円盤が飛ぶ光景、
私が藁のスカートを履きと手に棒を
持って立つ、原始人、コロポックルと
いう。そんな時代です。一ロボットの
名前を蘇我めくという。大和朝廷の
役員という。中臣鎌足という小さな
ロボット、書記官という。臣鎌が書記
の意。筆を持つ書記官という。
スプリット•セベスレという。これの、
書いた本がある、「皇帝書」という。
私の教科書という。しぽんはくれすの
学校という。コロポックル数空の使い
という。学校をシポンというロボットの
言葉という。ハクレスが講義とそ。
ロボットが先生です。
大和朝廷おこされまる、という、
私の記です。私が初めて書く記です。
本書、スッパス•クーラスという、
今の記のこと。コロポックル語。
スッパス•クーラス•レグセレという、
今のブーズー語になる、コロポックル
数空らるという。大和朝廷の一言語で
ある。🤖
この頃の皇居という、英ヘンリー
3世、仏ルイさんもおられた。京都
保田城かせ行った時という。東京
和宮がある頃である。駒込の城も
あった時とさそ。江戸城からは、
兵が長く続いている、富士原生林
という、藤げセイリンに石垣が残っ
ている、私どもの工事という、江戸
城からの続きという。塀の中で豆を
拵えていた。井之頭城のお書きという。
後、新宮殿に住まいをする、これを、
れそくり、という住まいをれそという、
当時の江戸大村城の言葉とそ。新潟
村上城からも来た処という、金沢城
からは勿論である。村上からのオスプ
レーの登城という、オスプレー・
もけはん、という。もけはんという、
オスプレーのこととそ。